月明かりの下で 前編






 結婚式が終わるとレイルの実家、レオンハルト邸で盛大なパーティーが開かれた。セシリアとレイルの親族や関係者達が集まり、酒も入りながら賑やかに行われた。

 セシリアは酒が飲めないので断っていたが、レイルは勧められるままに良質なワインをまるで水のように飲んでいた。
 だから、その場にいた誰もがレイルは酒に強いのだと思っていた。なのに――


 「リア・・・」
 「あ、レイ・・・ル?」

 いつの間にか、傍に来ていた少年を見上げて、少女は呆然とした。
 薔薇色の頬に潤んだ瞳、甘やかな吐息。女であるセシリアよりも艶っぽい少年がそこにいた。

 「レ、レイル?」
 「リア・・・愛してる」

 するりと長い腕が少女の腰を抱いて、耳元で囁かれる声は熱を帯びて、自然と心臓が高鳴る。

 ――レイルってば、酔っているの?

 あれほど飲んだのだ。酔わない方がおかしいのだが、それでもセシリアは信じられないように目を丸くしていた。

 そうしている内に潤んだブルーグレーの瞳をとろりと細め、頬にキスをしてくる彼は本当に自分の夫なのだろうかと半ば放心するセシリアに、

 「ハハハ。さすがに新婚だな。もうパーティーはこのくらいにして二人とも部屋に戻りなさい」

 レイルの父、レオニードがにこやかに言い放つ。

 「そうだな。新婚の二人に気が回らなかった。ここはもうよい。後は二人で過ごしなさい」

 レオニードの言葉に頷きながら、セシリアの父、パトリックも笑んだ。

 「でも・・・」
 「気にしなくてよい。それに我等は早く孫の顔が見たいのでな」
 「っ!?」

 冗談交じりの言葉にセシリアの顔が真っ赤に茹で上がる。

 ――そうだ。すっかり忘れていたけれど・・・

 今日は、二人にとって初夜になるのだ。セシリアは結婚式にばかり気を取られて、すっかりその後の事を失念していた。

 ――今日、レイルと・・・?

 チラリとレイルを横目で伺うと、相変わらず酔っているのか頬を紅色に染めてセシリアに蕩ける笑みを向けていた。

 「――――っ」

 無理。無理だ。絶対、無理。

 「お父様、あの、私・・・」

 何とか断ろうと身を乗り出した瞬間だった。

 「では、お言葉に甘えて失礼します」
 「へっ!?」

 酔っ払ってフラフラのはずの夫が突然とんでもない事を言い放ったのだ。
 そして、言うなりレイルは年若い妻の腕を掴むと軽く会釈して、そのまま足早に歩き出す。

 ――酔ってるんじゃないの!?

 少女の心中の叫びは届かず、残された二人の父達は笑いながら子供達の成長に目を細めていたのだった。









 「レイル、レイル・・ちょっと、待って!」

 掴まれた腕が酷く熱かった。その熱が伝染したように顔を真っ赤にした少女は必死に目の前で物言わぬ背中に言葉をぶつけた。

 「レイルってば・・・!」
 「・・・着いた」

 本気で憤慨しそうになった時、突然足を止めたレイルの背に少し鼻をぶつけてしまった。

 「着いたって・・・」

 鼻を手で押さえながらレイルの背中越しに映ったものはドアだった。

 「・・俺の部屋だ」
 「!」

 その時、セシリアに沸き起こった感情は恥ずかしさではなく、懐かしさであった。7年前までは、セシリアは頻繁にこの部屋を訪れていた。しかし、あの日の別れからはもう二度と入る事はないだろうと思っていた。

 ゆっくりとドアが開かれて、蝋燭の灯りの中ぼんやりと部屋の中が浮かび上がった瞬間、少女の目から涙が溢れた。

 「入って・・・リア?」

 振り向いた先にいた花嫁が突然涙を流しているものだから、花婿はぎょっとしてオロオロし始める。

 「どうした?リアが嫌なら無理強いはしない。約束する」
 「ち、がうの・・懐かしくて・・つい・・」
 「何だ?」
 「もう、二度とこの部屋には入れないと・・思ってた、から」

 彼女の言葉を聞いたレイルは、堪らないと言う様に眉を寄せると彼女を強く抱きしめる。

 「すまない・・」
 「もう、いいの」

 こうして今は二人でいられるのだから。7年と言う時は決して短かったとは言えないが、それでも――

 「幸せよ」

 ほんのりワインの香りのする胸に顔を寄せる。7年前と比べると逞しさや厚みがそこにはあった。

 すると抱擁の腕が一層強まり、彼は彼女の耳元でそっと囁いた――7年前では考えられないような言葉を。


 「もし嫌でないのなら」


 「君が、欲しい」  











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